最初からの感想

校正者:山本寿仁

今までの日本についての勉強と日本人とのやり取りの中で、イエス・キリストという話題が出たら、なにかある壁とぶつかるみたいです。「スティーブンは一人の神様を信じますが、日本では八百万の神様がいますよ。」 「アメリカ人はみんなキリスト教ですね。」これらは、聞いたことのあるセリフの二つだけですが、全部こんなセリフを合わせたら、キリスト教がなかなか日本の人々に基本的に合わない、元々は外来宗教、また西洋宗教だということに間接的に指摘されているようです。

これは日本ではキリスト教が禁止になったという江戸時代までの長い歴史的なコンセプトともいえる。踏み絵、明治近代化などの今までの日本史の話も混ざっているので。しかし、それは今言いたいこととは関係ありません。

むしろ、日本とキリスト教の間にあった過去の戦いや現在の誤解にも関わらず、日本人とイエス・キリストの道がお互いに美しく似合う可能性がたくさんあると思っております。最初に来たキリスト教徒のザビエル・フランシスコは日本人が世界の中で立派なキリスト教徒になれそうな人々だと言いましたし、まだその通りだと思っております。もしかして表を見抜けば、さらに誤解と警戒心という壁をおろせば、キリスト教の中で日本文化や日本アイデンティティに実際に合うところが多いと理解するではないかと思っております。

情熱なイエス様の弟子としてさらに深いレベルで考えてみれば、聖書の神様が本当に世界中の神様だと信じているなら、本当にすべての民族や人々を作られたなら、すべての民族や人々こそがそのままその神様についていけるべきではありませんでしょうか。もし、イエス様が自分について言ったことが本当にそうであるなら、イエス様に従うことが本物の日本のアイデンティティに反対していないことです。むしろ、日本アイデンティティこそを完成することではありませんか?もし人間の心がパズルと例えれば、イエス・キリストが人間の心のなくされた最後のパズルピースだということで、日本人の心にもそうではないかと思っております。イエス様は日本の人々を深く愛していると確信しているからこそ、その偉大な愛を日本人に少しでもわかりやすくすることができれば、このブログが意味のあるものになるのではないかということになります。

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